2025年度版 企業価値を向上させている企業の共通点 【エネルギー業界編】岩谷産業
本コラムは、「2025年度版 企業価値を向上させている企業の共通点」で紹介した企業価値を上げる4つの指標に基づき、優れた経営を行う企業を紹介します。
この記事を見るとわかること
- 岩谷産業の経営戦略
- エネルギー業界の優れた経営の要素を知り、中堅・中小の製造業に活用する方法
企業価値を高める4つの指標
スピカコンサルティングが考える企業価値を高める4つの指標に関する解説はこちらの記事からご確認いただけます。
【エネルギー業界編】4つの指標で企業を分析〜岩谷産業〜
岩谷産業株式会社(以下、「岩谷産業」)の戦略を分析します。岩谷産業社は国内上場LPガス銘柄では首位の企業価値を誇る、LPガスの供給を基軸とした総合エネルギー商社です。同社は、2015年3月末の時価総額約1,900億円から、2025年11月26日時点で約3,900億円へと企業価値を2倍以上に拡大。LPガス市場におけるシェアは、小売(直売顧客)で5.1%、卸売で14.4%を占め、直売顧客数も2025年3月期末で120万世帯まで着実に伸ばしてきました。

岩谷産業:指標①「経営的指標」
岩谷産業は、2021年からの4年間でROE(自己資本利益率)を10%以上維持しています。一般的に資本を効率よく活用している優良企業の目安とされるROE10%を上回るこの高水準こそが、中期経営計画「PLAN27」に掲げる巨額な成長投資(5年間で4,700億円規模)を可能にする裏付けでしょう。LPガス業界における上場企業各社と比較しても、その資本効率の高さは際立っています。ROA(総資産利益率)も過去5年間、4.5%〜5.3%で安定推移しており、水素インフラ等への巨額の成長投資フェーズにもかかわらず、ROAが大きく悪化することなく4~5%台を維持している点は、投下資本が順調に収益貢献を果たしていることを示唆しています。
年度 | ROE | ROA |
|---|---|---|
2021年3月期 | 9.43 | 4.5 |
2022年3月期 | 11.09 | 5.37 |
2023年3月期 | 10.6 | 4.88 |
2024年3月期 | 12.13 | 5.23 |
2025年3月期 | 10.48 | 4.63 |
2026年3月期(予想) | 12.24 | 5.74 |
岩谷産業:指標②「人的資本経営」
岩谷産業社は2025年発行の統合報告書において、「持続的な価値創造の源泉は『人材』」と定義しており、2027年度には2022年度比で約2倍となる、社員1人当たり年間150千円の教育投資を目標としています。具体的には、2023年に設立した企業内大学であるイワタニ技術・保安大学や2024年竣工の神戸研修所を活用し、社員個人のニーズに合わせて自主的に受講できる選択研修等、多様な成長機会の提供しています。
同社の人的資本戦略に見られるように、人材をコスト管理すべき資源としてではなく、企業の持続的成長や価値向上につなげるための「人的資本」として捉え、積極的に投資していくことは重要です。採用難の時代における人材確保のみならず、持続的に企業価値を向上させる大きな因子になり得るでしょう。
岩谷産業:指標③「ビジネス-5つの観点-」
岩谷産業のビジネスモデルは、国内首位のLPガス事業を基盤とし、「安定性」「成長性」「独自性」を共存させる強靭なポートフォリオが特徴です。5つの観点でそれぞれ解説していきます。
a:収益性
2025年3月期の実績は売上高8,830億円、営業利益462億円を計上。さらに2026年3月期は売上高9,364億円、営業利益491億円への拡大を見込んでいます。エネルギー価格変動の影響を受けつつも、ROE10%以上を維持しながら着実に利益を積み上げる収益力を有しています。
b:安定性
LPガス直売顧客約120万世帯、卸売を含めた「マルヰガス」ブランド利用世帯数340万世帯という国内最大規模の顧客基盤を有します。この巨大なストックビジネスに加え、ヘリウムなど産業ガス分野でも高いシェアを持ち、景気変動に左右されにくい安定基盤を築いています。
c:成長性
2050年のカーボンニュートラルに向けた脱炭素潮流が、水素事業における成長の牽引役となっています。また、海外戦略として、カセットこんろ・ガスの販売目標を2027年度に海外だけでこんろ470万台、ガス1億2,000万本へ引き上げるなど、成熟した国内市場を補うグローバルな成長シナリオを描いています。
d:社会性
単なるエネルギー供給に留まらず、災害に強いLPガスの特性を社会貢献に繋げています。民間事業者として日本唯一の全国防災組織「マルヰガス災害救援隊」を持ち、災害時の即時復旧体制や高齢者見守りサービスなど、地域インフラを守る活動を展開しています。
e:独自性
気体水素より輸送効率が良い液化水素の国内唯一のサプライヤーとして、製造・輸送・貯蔵の全工程で圧倒的シェアを掌握しています。参入障壁の高い水素社会のインフラそのものを構築することで、次世代エネルギー社会のプラットフォーマーとしての地位を確立しています。
岩谷産業:指標④「コーポレートアクション」
岩谷産業社は、戦略的なM&Aによって事業領域を垂直・水平の両方向へ広げてきました。
横のM&A(LPガス基盤の強化)として、2024年には、関東圏にて多数のLPガス顧客を抱えるアイエスジー株式会社の株式を取得。既存事業であるLPガス直売顧客の獲得をM&Aで進め、2027年度までに130万世帯へ増やす目標を掲げています。
縦のM&A(水素インフラの強化)としては、2022年に水素ディスペンサーの開発・製造・販売に強みを持つトキコシステムソリューションズ株式会社を連結子会社として迎え入れました。LPガス事業以外の分野でも積極的なコーポレートアクションを行っていることが伺えます。
このように、国内トップシェアを誇るLPガス事業をM&Aで拡大しながらも、脱炭素化に向かう市場において、水素という未来のインフラ事業をもM&Aで強化するという「両利きの経営」を実行しています。
岩谷産業社のLPガスと水素の二つの柱に見られるような、既存事業の改善と新規事業の創出という「両利きの経営」こそが、昨今のLPガス業界を生き抜く鍵となるのではないでしょうか。LPガスで得た安定的な収益をLPガス以外の分野に配分していく。それは何も新たなクリーンエネルギーへの投資するなどといったスケールの大きい話だけではありません。リフォームや宅配水等の既存顧客との接点を活かせる他商材を模索すること、そして社外の勉強会や異業種交流を通じて自社の業務範囲外の新しい知識やビジネスモデルを学ぶことも戦略の一つになり得ます。
まとめ
国内LPガス関連銘柄における時価総額トップの岩谷産業社の戦略は単なる「大企業だからできること」ではなく、中小LPガス事業者の経営戦略を考える上で非常に参考にできる部分が多いです。
LPガス市場は、需要減と競争激化、人材確保という観点において、厳しい市場環境に直面していますが、我々スピカコンサルティングは、この市場環境を危機であると同時に、「業界進化」による成長機会と捉えています。
「自前主義」に拘ることなく、M&Aによって経営基盤の強固な大手グループへジョインすることや、共同出資・共同配送やアライアンス等を通じて「合従連衡」を構築していくことは、会社ひいては業界を進化させていく有力な選択肢ではないでしょうか。
熊本県出身。神戸大学国際人間科学部卒業後、2024年に新卒で株式会社GA technologiesに入社、スピカコンサルティングに参画。