2025年度版 企業価値を向上させている企業の共通点 【調剤薬局業界編】アインホールディングス
本コラムは、「2025年度版 企業価値を向上させている企業の共通点」で紹介した企業価値を上げる4つの指標に基づき、優れた経営を行う企業を紹介します。
この記事を見るとわかること
- アインホールディングスの経営戦略
- 調剤薬局業界の優れた経営の要素を知り、中堅・中小の製造業に活用する方法
企業価値を高める4つの指標
スピカコンサルティングが考える企業価値を高める4つの指標に関する解説はこちらの記事からご確認いただけます。
【調剤薬局業界編】4つの指標で企業を分析〜アインホールディングス〜
調剤薬局業界で業界トップを走り続ける東証プライム上場の株式会社アインホールディングスについて、企業価値を構成するいくつかのポイントから見てみます。
調剤薬局業界は8.3兆円の市場規模(厚労省最近の調剤医療費の動向より)があり、業界トップのアインホールディングスにおいても、市場占有率は4.3%(アインホールディングスIRより)と中小企業が約70%を占める業界です。近年では、業界2位の日本調剤がPEファンドのアドバンテッジパートナーズに譲渡するなど業界再編も活発になっています。そんな中、アインホールディングスが企業価値を高めるために行っていることをピックアップします。

アインホールディングス:指標①「経営的指標」
アインホールディングスは、ROEを重視した経営を行っています。2025年4月期のROEは6.7%で、2034年4月期の目標として15%と定めています。15%は高い目標となっていますが、外部資本の活用や規模拡大による効率化を追求することで実現を目指しています。

アインホールディングス:指標②「人的資本経営」
アインホールディングスは、『まず、社員が幸せを感じられる会社でありたい。自ら挑戦でき、新しい形を創れる仕事場でありたい。』をグループスローガンに掲げています。これは、人的資本経営が重要視される以前から、社員の幸福と成長を経営の根幹に置くという姿勢を示しています。
業界特性上、薬剤師の採用は企業の成長に直結しますが、慢性的な人材不足が常態化しています。全国で薬局を展開するアインホールディングスにとって、この環境下で地方エリアを含む広範な採用活動を展開することが、経営の成否を握っています。
こうした状況下で、同社は特に新卒薬剤師の採用に力を入れており、その成果として2025年には550名の新卒薬剤師を採用し、2026年には600名の採用を計画しています。
このような人数の採用を可能にしているのは、さまざまな取り組みによる差別化戦略が考えられます。
新卒採用特別サイトのコンテンツを充実させることで魅力の訴求力を高め、採用ブランディングの強化をしていることや、 多様なキャリアパスの提示と充実した研修プログラムの提供により、長期的なキャリア形成を支援していることが結果につながっていると思われます。
「社員の幸せ」を起点とするグループスローガンが具体的な採用戦略・育成プログラムが結びつくことで、アインホールディングスは難しい人材採用環境の中でも、必要な薬剤師人材を確保し続けています。
アインホールディングス:指標③「ビジネス-5つの観点-」
a:収益性
アインホールディングスは大きく2つの事業に分かれており、①ファーマシー事業(売上比率約84%)、②リテール事業(売上比率約13%)で構成されています。※残りはその他事業
メイン事業であるファーマシー事業の収益率(営業利益)は5%台と業界平均では低くないものの、大きく上げることは難しい一方で、リテール事業の収益率(営業利益)は7%台となっており、ファーマシー事業を上回る水準となっています。リテール事業は、診療報酬に影響されない事業であり、収益性の向上が期待される事業となっています。
b:安定性
調剤薬局事業は、国が定める診療報酬制度の改定(現在は2年に1度)によって業績が左右されるという特徴がありますが、報酬改定に素早く対応がすることができれば基本的に景気の影響は受けづらく、安定した経営をすることが可能です。近年ではアインホールディングスのような規模が大きい企業に対して厳しい報酬改定となっているものの、それを乗り越えられるほどのDX化や業務の効率化を実現しています。
c:成長性
国主導で誕生した調剤薬局業界はこれまで急成長してきましたが、国内での店舗数は飽和しており、処方箋の発行枚数も大きな増加は見込めず業界全体の成長性は鈍化しています。
そうした業界環境下でアインホールディングスは、リテール事業を第2の主力事業として注力しており、2034年4月期には30%の全体売上構成比(2025年4月期は13%)とする計画されています。
d:社会性
普及が見込まれるオンライン服薬指導や過疎地域、離島などの医療アクセスが難しい地域へドローンによる医薬品配送の実証実験など、最先端技術を活用した非対面医療サービスの構築に参画しており、地域の医療を維持する社会課題の解決に取り組んでいます。
e:独自性
アインホールディングスの独自性は、ファーマシー事業(調剤薬局)とリテール事業(美容小売)の二大主要事業の組み合わせで事業展開をしている点です。調剤薬局業界において、診療報酬に左右されないリテール事業で成長を実現している例は他にはなく、独自性といえるでしょう。
アインホールディングス:指標④「コーポレートアクション」
アインホールディングスは、創業以来多くのM&Aを活用し現在に至っています。2017年~2025年でオーガニックでの新規出店は205店舗、M&Aでの店舗拡大は574店舗となっており、2倍の店舗数をM&Aによって作り上げており、最近では、リテール事業の買収も行っていることが特徴としてあげられます。
同業のM&Aでは全国に存在する中小規模の調剤薬局の買収だけでなく、近年は大手同士のM&Aが増加しており、2025年には業界7位であるさくら薬局グループをNSSKから買収をしています。アインホールディングスの1,290店舗に、さくら薬局グループの833店舗が加わり、2,000店舗を超える規模となり、売上高は5,000億円を超えて2位の3,220億円を大きく離し、業界大手の地位を確立するM&Aとなりました。
また、リテール事業のM&Aでは、2024年にインテリア雑貨のFrancfrancを約500億円で買収をしました。化粧品主体のリテール事業であるアインズ&トルぺと、20~30代の女性という顧客層・都市型の出店エリアにて相互にシナジーが発揮できるとし、調剤薬局事業に加えて第二の主力事業とされています。

まとめ
今回取り上げたアインホールディングスは、創業初期から数々の戦略的なM&Aを活用し、業界のトップ企業としての地位と存在感を確立してきました。メイン事業では圧倒的な規模の拡大を背景に徹底したDX化と効率化を実現しています。第2の主力事業であるリテール事業で業界環境に左右されない事業利益を創出するというバランスが企業価値を生み出しています。
そして、それらの戦略的な経営方法の根源となっているのは、『まず、社員が幸せを感じられる会社でありたい。』という社員の幸福を最優先する経営姿勢だと考えています。
アインホールディングスが企業価値を生み出しているのは、M&A戦略や事業展開の成功だけでなく、社員が企業価値の源泉とした点にあり、この人的資本経営の考え方は、業種や規模を問わず、全ての企業が参考にできるのではないでしょうか。
神奈川県出身。青山学院大学卒業後、大和証券株式会社に入社。2017年に株式会社日本M&Aセンターに入社し、業種特化型の中堅・中小企業のM&Aに取り組む。在籍当時のコンサルタント(約600名)中、入社後の累計成約件数2位(2019年/2021年の成約件数全社1位)。調剤薬局業界の専門書籍等も出版。2023年スピカコンサルティングに参画。