2025年7月の製造業M&Aまとめ
今月は30件を超えるM&Aが公表されました。
上場企業に よるクロスボーダーM&Aが7件、国内企業同士のM&Aだけでも20件以上が公表されています。また今月は、地方企業との連携するM&A事例が多くみられ、多くの中小企業にM&Aという選択肢が拡がっていることがわかります。
7月の代表的な公表M&A一覧
公表日 | 譲渡企業(売り手企業) | 譲受企業(買い手企業) | 形式 |
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2025年7月2日 | 三宅金属株式会社(未上場・大阪) | 新家工業株式会社(7305・大阪) | 株式譲渡 |
2025年7月8日 | アートジャパン株式会社(未上場・宮崎) | DAISOホールディングス株式会社(未上場・三重) | 株式譲渡 |
2025年7月11日 | 富士油圧精機株式会社(未上場・群馬) | 株式会社ホリゾン(未上場・滋賀) | 株式譲渡 |
2025年7月15日 | 柏陽鋼機株式会社(未上場・新潟) | 株式会社アイ・テック(未上場・静岡) | 株式譲渡 |
2025年7月22日 | 三菱電機冷熱プラント株式会社(未上場・東京) | 三浦工業株式会社(6005・東京) | 株式譲渡 |
2025年7月24日 | 株式会社エムテック(未上場・福岡) | サンワテクノス株式会社(8137・東京) | 株式交付 |
2025年7月28日 | HTK Europe Limited(ミネベアミツミ孫会社) | サンワテクノス株式会社(8137・東京) | 株式譲渡 |
2025年7月28日 | 株式会社エス・イー・アール(未上場・東京) | ヒロセ電機株式会社(6806・神奈川) | 株式譲渡 |
【Pick Up M&A】DAISOホールディングスによるアートジャパン買収
買収の概要
2025年7月8日、DAISOホールディングス(以下、DAISO)は建設機械用路面保護ゴムパッド製造のアートジャパンの全株式を取得し、完全子会社化を完了したと発表しました。
本件は、建設機械や自動車部品に強みを持つDAISOが、建設用路面保護ゴムパッドで高い開発力と短納期対応力を有するアートジャパンを取り込み、同業界における顧客補完と商流補完を狙うM&Aとなりました。アートジャパンの既存株主であった日本投資ファンドは、2019年からの投資を経て、今回DAISOへ株式を譲渡した形となります。
本提携の狙い
アートジャパンは、建設機械用路面保護ゴムパッドのメーカーで、40社以上の建設機械メーカー、1000種類以上の機種に対応するラインアップを持っています。開発から製造、販売、車両への取付けまでをワンストップで対応できることが大きな強みです。また顧客からの大量供給の要求にも短納期で応じる生産能力を有するなど、顧客からの信頼が厚い企業です。
一方のDAISOは建設機械・自動車分野の部品製造やネットワークに強みを持っています。本提携によってDAISOの調達・加工・品質保証・販売網と、アートジャパンの製品群・顧客接点・短納期対応を組み合わせることで、(1)製品ポートフォリオの高付加価値化、(2)ノウハウの共有による効率化(3)クロスセルとクロスボーダー展開、といった相乗効果があると考えられます。単なる規模拡大ではない「顧客基盤の相互補完と収益性の底上げ」のシナジーが期待できる提携となりました。
具体的には、下記のような価値創出要因が期待できます。
(1)製品ポートフォリオの高付加価値化
路面保護パッドは消耗材であり、かつ対応機種が幅広いため、DAISOとしてアフターマーケットでの継続需要を取り込むことが可能となります。
(2)ノウハウの共有による効率化
アートジャパンの短納期対応力に、DAISOの生産力と購買の最適化を掛け合わせることで、受注から納品までのリードタイムの短縮することが可能になります。その結果、顧客にとっての安心感の基準が高まり、価格以外の比較軸で差別化ができ、競合に対して優位性が生まれます。
(3)クロスセルとクロスボーダー展開
アートジャパンの優良取引先へのDAISO製品の販売に加え、建機部品は、グローバルに同質のニーズがあるためDAISOの保有する海外ネットワークが活用することができます。まずは既存取引先の海外拠点から受注拡大を図ることが期待ができます。
“ファンドから事業会社へのバトンリレー” 事業承継の模範事例
アートジャパンは、2019年に日本投資ファンドが資本参画し、事業承継課題の解決と事業のさらなる成長に向けて再スタートしました。日本投資ファンドの主導のもと、営業体制の見直しといった社内改革、業務改善、設備投資による成長環境の整備など、成長戦略に取り組んだ結果、OEM供給先の拡大や建設機械以外の分野への製品製造など事業拡大を進め、経営層と共に会社の成長と従業員全員の物心両面の充実を実現することができました。
約6年間で一定の企業体質の改善と成長軌道化を実現できた段階で、シナジーの大きい戦略的買手であるDAISOへバトンを渡した構図です。ファンドが企業の磨き上げを行い、次の成長局面に必要な産業リソースを持つ企業(大手またはプラットフォーマー)に承継するという、中堅・中小製造業の事業承継として教科書的な引継ぎ事例となりました。
業界のニュース
TSMCによる日本の新工場建設計画を延期
台湾の半導体大手企業TSMCは7月4日に、熊本県で予定している第2工場建設計画を先延ばしし、米国事業を優先する方針だと伝えました。これに対しTSMCは声明で同社の世界的な製造拡大戦略は「顧客のニーズ、ビジネスチャンス、経営効率、政府の支援レベル、コスト経済性に基づくものだ」と述べました。当初は2025年第1四半期に着工を予定していましたが、現地の交通渋滞を理由に計画が若干遅れるとの見通しを示しています。実際には米国での関税措置の可能性を踏まえ、米国での拡張に資金をより迅速に投入するため、熊本第2工場の建設を延期させる方針であると計画に詳しい複数の関係社が明らかにしています。
まとめ
今回ピックアップ事例として取り上げた「DAISO×アートジャパン」の事例は、事業承継を課題とする経営者の皆さまにとって1つのモデルとなる事例であると思います。
独立企業として会社を大きくしていく中で、昨今の製造業に増えているのが事業承継の課題です。いずれ対応が必要となる後継者探しに、ファンドという選択肢が加わることで、プロと一緒に経営を進めて企業価値を高めることができます。さらに、その次のステップとして、大手グループ入りや上場へと自社が成長していく可能性を模索することができます。働く従業員への待遇、取引先や協力工場からの信頼、地域からの信頼などいずれも高められる期待ができ、会社が長く残っていく選択肢の1つとして是非ご参考にしていただければと存じます。
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神奈川県出身。父親が経営する会社がM&Aで譲渡した経験を持つ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、新卒で野村證券に入社。2023年スピカコンサルティングに参画。