2025年度版 企業価値を向上させている企業の共通点 【食品業界編】味の素
本コラムは、「2025年度版 企業価値を向上させている企業の共通点」で紹介した企業価値を上げる4つの指標に基づき、優れた経営を行う企業を紹介します。
この記事を見るとわかること
- 味の素の経営戦略
- 食品業界の優れた経営の要素を知り、中堅・中小の製造業に活用する方法
企業価値を高める4つの指標
スピカコンサルティングが考える企業価値を高める4つの指標に関する解説はこちらの記事からご確認いただけます。
【食品業界編】4つの指標で企業を分析〜味の素〜
今回は食品製造業にフォーカスし、味の素株式会社の取り組みを紹介します。

味の素:指標①「経営的指標」
味の素では2019年12月から「ROIC(投下資本利益率)」という指標を重視する経営を取り入れています。ROICは税引後営業利益を投下資本で割った値です。投下資本とは、「株主資本+有利子負債」で求められます。金融機関や投資家から集めた資金(投下資本)をいかに有効に活用しリターン(税引後営業利益)を得たか、という考え方です。ROE(自己資本利益率)、ROA(総資産利益率)と根幹となる考え方は近く、資本コストを意識した経営の一つと言えるでしょう。
味の素は粗利の絶対額を追い求めていた過去があり、投資額が大きく膨らんだ結果、2020年3月期の連結決算にて減損、一時的に時価総額は1兆円を割ることとなりました。過剰投資をするとROICは下がってしまうため、投下資本を上回る利益を出せない事業について同社は、徹底した精査を行い2,000億円程度の資産圧縮に成功しています。
味の素:指標②「人的資本経営」
味の素は2023年より自社のパーパスを進化させ「アミノサイエンス®で、人、社会、地球のWell-beingに貢献する」を定めています。このパーパスをもとに、社員には事業を通じた社会価値と経済価値の共創を目指す取り組みがなされています。味の素では過去7年に渡る調査結果で、社員のエンゲージメントと組織の業績が高い相関性にあることが分かり、エンゲージメントサーベイの数値を「機会と課題」と捉えています。
例えば、「承認プロセスの多さ」に社員がストレスを感じていることが分かれば、無駄なプロセスの廃止、報告資料の簡略化などを全社で実施。その翌年にはエンゲージメントの向上が確認できたそうです。こうした取り組みの積み重ねが、働きがいに繋がり、会社の目指す姿と個人のありたい姿の重なりが大きくなります。その結果、社員はパーパスや経営方針を「自分ごと化」し、個人の成長が会社の価値につながっていく組織のサイクルが回っています。
味の素:指標③「ビジネス-5つの観点-」
a:収益性
以下の通り、2025年3月期の売上高は1兆5,305億円、営業利益1,139億円で各指標も改善トレンドです。

b:安定性
2025年3月期の売上高1兆5,305億円の内訳として、8,860億円を占める「調味料・食品セグメント」の他に、 2,893億円の「冷凍食品セグメント」、3,283億円の「ヘルスケア等セグメント」など、リスク分散型のポートフォリオであることがわかります。なかでも「ヘルスケア等セグメント」に分類される電子材料事業は、うま味調味料「味の素®」の製造工程における副産物から派生してできた事業です。半導体パッケージ基板に使われる絶縁材料の「味の素ビルドアップフィルム®(ABF)」は、高性能CPUやGPUの層間絶縁材として使用されており、PCやサーバーなどの高機能半導体において世界シェアほぼ100%の地位を占める結果となっています。
c:成長性
味の素は2030年までの成長のロードマップを引いており、4つの成長分社を掲げています。「ヘルスケア」では今後、再生医療分野、メディカルフード事業分野等への投資予定。「ICT」では前段の絶縁材料ABFの成長および新領域・新材料への展開を。「フード&ウェルネス」では健康・栄養価値の高い商品の展開を目指しています。「グリーン」では、バイオ技術を活用した培養肉や、独自の発酵技術による新素材の開発と展開を行い、持続的フードシステムに貢献するアグリソリューションの提供を目指しています。
d:社会性
味の素はサプライチェーン全体でフードロス削減に向けた取組を推進しており、2018年度と比較し、2025年度までに原料受け入れから顧客への納品までのロスを50%削減。2050年度までに製品ライフサイクル全体で50%削減を目標に掲げました。2023年度には当初2025年度までの目標を前倒しで達成しており、2024年度には「食品ロス削減推進表彰」において「環境大臣賞」を受賞しています。
e:独自性
味の素は創業以来、アミノ酸のはたらきを探求し、多様で独自性のある技術資産を磨き、進化させてきました。絶縁材料など食品外の商品開発もその派生です。オープンイノベーションを積極的に推進しており、国内外の企業や研究機関とリンクし、これまでにない新しい価値を創造することを重要なプログラムとして位置づけてきた結果ではないでしょうか。
味の素:指標④「コーポレートアクション」
味の素のM&Aは、自社のアミノ酸技術を基盤としながらも、その応用として今後成長が見込まれる領域に投資しているのが特徴です。いずれも前段で成長分野として掲げた「ヘルスケア」「ICT」「フード&ウェルネス」「グリーン」に関わっており、新たな事業領域への進出にM&Aを有効活用しているのが見て取れます。また、2013年に取得したアルテア社(米国)を2025年に譲渡するなど、ポートフォリオの見直しをM&Aで実施している点も注目です。

まとめ
投下した資本に対して、どれだけの利益が残せるのかという味の素の考え方は中堅・中小企業にも参考になります。例えば商品の増産にあたり、従業員を増やしたほうが良いのか、新たに機械を導入したほうが良いのかと悩む経営者も多いのではないでしょうか。仮に機械の減価償却費のほうが人件費の増加よりも小さいのであれば、機械で増産したほうが営業利益は大きくなります。感覚的な判断ではなく、1つ1つの投資が利益にどう繋がるのかをシミュレーションすることが重要です。
また中小企業は事業の多角化が難しく、主領域でいかに業績を上げるかがテーマになることが多いです。味の素も最初から多角化を狙っているというよりも、アミノサイエンス®を深堀し続けた結果、誕生したのが絶縁材料に思われます。中小企業でも一所懸命に自社の領域を磨き続ける中で、新たなチャンスが見えてくるかもしれません。
こうしたイノベーションを生み出すためには社内環境も重要です。従業員が働きがいを持ち、事業にコミットできる環境を提供できているか、エンゲージメントサーベイの実施も検討してみてはいかがでしょうか。
宮崎県出身。慶應義塾大学卒業後、新卒でリクルートに入社。ブライダル事業に9年間携わった後に、日本M&Aセンターに入社。一貫して食品業界のM&Aに従事し、2020年には同社で最も多くの食品製造業のM&Aを支援した。食品業界専門グループの責任者を務め、著書に「The Story〔食品業界編〕業界を勝ち抜くために知っておきたい秘密」がある。2024年スピカコンサルティングに参画。