2025年6月〜8月の主な製造業M&A
2025年6月から8月にかけて、50件を超えるM&Aが公表されました。主な案件は下記の通りです。中堅・中小製造業の事業承継M&Aに加え、日本企業による海外企業の買収や、大企業が「事業の選択と集中」を目的として実施するM&Aも多く見られました。多くの企業が経営戦略としてM&Aを積極的に活用していることがうかがえます。
公表日 | 譲渡企業(売り手企業) | 譲受企業(買い手企業) | 形式 |
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2025年6月18日 | United States Steel Corporation(アメリカ) | 日本製鉄株式会社(5401・東京都) | 株式譲渡 |
2025年7月8日 | アートジャパン株式会社(未上場・宮崎県) | DAISOホールディングス株式会社(未上場・三重県) | 株式譲渡 |
2025年7月22日 | 菱冷環境エンジニアリング株式会社(未上場・千葉県) | 三浦工業株式会社(6005・東京都) | 株式譲渡 |
2025年7月28日 | HTK Europe Limited(イギリス) | サンワテクノス株式会社(8137・東京都) | 株式譲渡 |
2025年8月6日 | 明星電気株式会社(未上場・群馬県) | 能美防災株式会社(6744・東京都) | 株式譲渡 |
2025年8月25日 | 株式会社アルファーシステム(未上場・長野県) | 株式会社技術承継機構(319A・東京都) | 株式譲渡 |
製造業に広がる事業の選択と集中
近年、製造業における事業の「選択と集中」がますます加速しています。多角化経営がもたらす「コングロマリットディスカウント」への対応や、変化の激しい市場環境に適応するために、企業は本業の強化と成長分野への資源集中を進めています。その中でM&Aは、外部の成長領域を取り込み、シナジーを創出する有効な手段として注目されています。
IHI子会社である明星電気の全株式を、能美防災が取得した事例もその一つです。防災ソリューション大手の能美防災は、火災報知や消火設備などの屋内防災に強みを持ち、長年にわたり社会の安全・安心を支えてきました。
一方、明星電気は気象、防災、宇宙防衛分野で「測る」「伝える」をコア技術とした「総合環境観測システムメーカー」で、気象計や地震計、人工衛星搭載の観測機器など、屋外を中心とした防災領域で高い技術力を有しています。
今回のM&Aにより、能美防災は屋内を中心とした従来の防災事業と、明星電気が持つ屋外・宇宙分野の技術の融合が可能となります。「屋内と屋外」「観測と制御」「地上と宇宙」という多面にわたる防災ソリューションの統合により、これまでにないスケールの総合防災企業への飛躍を目指しています。
M&Aを通じた事業の選択と集中は、単なる事業縮小やリストラではなく、成長領域の拡大と技術融合による新たな価値創造の意味合いを強く持ちます。多角化経営がもたらす資源の分散や市場評価の低下(コングロマリットディスカウント)に対する解として、自社の強みと親和性の高い分野へ経営資源を集中させることは、企業価値の向上にも直結します。市場では、こうした経営の選択と集中が時価総額の向上や投資家評価の改善につながるケースが増加しています。適切なポートフォリオ再編は資本効率の改善だけでなく、持続的成長に向けた競争力強化となるためです。
2025年現在、事業の選択と集中をテーマにしたM&Aは日本の製造業において重要な経営手法として急速に普及しています。変化の激しい市場環境の中、持続的な成長と企業価値向上のためには、事業ポートフォリオを研ぎ澄まし、戦略的なM&Aを実行することが不可欠と言えるでしょう。
2025年版ものづくり白書を読み解く
「2025年版ものづくり白書」が公開されました。その中では、日本の製造業が今まさに大きな転換点にあり、企業は「競争力」「脱炭素(GX)」「経済安全保障」という三つの課題に複合的に向き合う必要があると説かれています。
その中心に据えられているのがDX(デジタルトランスフォーメーション)であり、今後の製造業の将来像を描くうえで、DXの本質的な推進が持続的成長の決定的なカギになることは疑う余地はありません。
今後の業界環境はグローバル競争やサプライチェーンの複雑化、AIなどテクノロジーの急速な発展を背景に、従来の延長線上にはない変革を迫られる局面に突入しています。また、人口減少や高齢化に伴う人手不足、熟練技術の継承難も競争力低下のリスクとなっています。この先の変化に適応するために、経営者にはDXを推進するという一層強いマインドセットが不可欠になるでしょう。
それでは、まず何から着手すべきでしょうか。重要なのは、「やみくもな最新技術導入」ではなく、「市場環境と自社のリソース、強みと課題を冷静に分析」した上で、優先順位を明確にした対策を練ることです。特に他社の「成功事例の模倣」ではなく、自社固有の現場課題や顧客接点に向き合い、段階的に効果検証を重ねる姿勢が成功確率を高めます。
業務の属人化解消や現場の見える化、データ活用といったスモールスタートを全員で推進し、成果や経験を積み重ねることが肝要です。自社ならではの強みと課題を起点に、自社に則した戦略立案が経営者にも現場にも等しく求められています。
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大阪府出身。大阪府立大学大学院工学研究科修了後、2010年に新卒でキーエンスに入社。中小企業から上場企業まで工場の生産性向上やIoTシステム導入支援などに貢献。その後、日本M&Aセンターへ入社し、業界再編部において製造業専門チームを立ち上げ。2023年スピカコンサルティングに参画。