2025年11月の製造業界M&Aまとめ
この記事を見るとわかること
- 2025年11月における製造業界の主要M&A
- 日本製造業の業界再編を象徴する日精樹脂工業とTOYOイノベックスの経営統合
- 直近の製造業界ニュースからみるM&Aの有効性
11月の代表的な公表M&A一覧
今月は、クロスボーダーM&Aが11件、国内企業同士のM&Aだけでも20件以上が公表されています。また、NOKとイーグル工業、日精樹脂工業とTOYOイノベックスのように、同業大手同士が統合し、国際競争力を補完し合う動きが目立ちました。M&Aが「市場での競争優位性確立」や「グローバル成長戦略」の実践的な手段として取り組まれていることが一層鮮明になったと言えるでしょう。
公表年月日 | 譲渡企業(売り手企業) | 譲受企業(買い手企業) | 形式 | 目的 |
2025年11月7日 | (株)METALEX[兵庫県] | 丸一ステンレス鋼管(株)[山口県] | 株式譲渡 | 半導体用配管の商権を取り込み、国内での販売網を整備・強化すること |
2025年11月7日 | (株)堀内製作所[岩手県] | (株)ワイ・ディー・ケー[東京都] | 株式取得 | 両社の強みを活かし、さらなるサービス向上に努める |
2025年11月10日 | NOK(株)[7240・東京都] | イーグル工業(株)[6486・東京都] | 共同株式移転 | 次世代モビリティ・エネルギー市場への対応、両社の技術・経営資源を統合し企業価値向上と収益力強化を図る |
2025年11月14日 | 日精樹脂工業(株)[6293・長野県] | TOYOイノベックス(株)[6210・兵庫県] | 共同株式移転 | 経営統合によるシナジー創出で企業価値を最大化し、グローバル市場での成長を目指すため |
2025年11月17日 | トライス(株)[三重県] | 愛三工業(株)[7283・愛知県] | 第三者割当増資の引き受けによる資本提携および、その後の株式取得による子会社化 | 二輪車・汎用製品事業の技術と生産体制を強化し、事業の拡大を図るため |
2025年11月21日 | Brakes India Private Limited[インド] | (株)TBK[7277・東京都] | 共同株式移転 | 経営統合によるシナジー創出で企業価値を最大化し、グローバル市場での成長を目指すため |
<2025年11月の製造業界 公表M&A>
日精樹脂工業 × TOYOイノベックスの統合:インド市場を見据えた戦略的再編
日精樹脂工業株式会社(以下、日精樹脂工業)とTOYOイノベックス株式会社(以下、TOYOイノベックス)は、共同株式移転により共同持株会社「GMSグループ株式会社」を設立し、2026年4月1日をもって経営統合します。この統合は、両社が株式移転完全子会社となり、新設される持株会社が東証プライムにテクニカル上場する形で実施されます。日本国内の射出成形機業界をリードする企業同士の、戦略的経営統合といえるでしょう。
日精樹脂工業は、主要な貢献地域としてアジアを挙げており、2025年3月期決算短信によると、アジア地域での売上高が約130億円と、連結売上高のうち約30%を占めています。中でも注力しているエリアと考えられるのは、本M&Aの背景にも挙げられるインド市場です。現に日精樹脂工業は、販売・サービス拠点として現地法人を構えています。また、2025年9月、自動車産業の集積地であるサナンド工業団地の一角を、インド新工場の建設候補地として決定したと発表しています。現地での販売だけでなく生産に乗り出す動きも見られています。
インドは、2014年に「Make in India政策」を掲げ、自動車、医療機器など特定産業に対し、売上増加額に応じて補助金を給付する生産連動型優遇策(PLI:Production Linked Incentive)を導入し、製造業を振興・強化する方針を示しました。一方、2020年には排ガス規制「BS-VI(Bharat Stage VI)」を発表しており、規制に対応しない車両の生産・販売・登録は禁止としています。これにより、従来の金属部品から軽量なプラスチック部品へのシフトが進み、自動車部品を作る技術が高度化しました。さらに、EV政策として「SPMEPCI」を掲げ、現地のEVメーカーに対し税制優遇や補助金を提供する制度も始まっており、電気自動車(EV)へのシフトがより加速しています。
本M&Aにおいて、TOYOイノベックスが保有する大型・高精度なアルミダイカスト部品(バッテリーケースなど)に対応できる高性能なダイカストマシンを、GMSグループとして積極的にインド市場へ投入することで、高まるEV化の需要に応えることができると考えます。また、排ガス規制に伴う軽量化ニーズに対しても、日精樹脂工業の現地法人も交えた精密なプラスチック成形技術と、TOYOイノベックスの金属成形技術を組み合わせることで、インドの自動車メーカーの需要に応えることができると考えます。国内の大手企業が手を組み、インドという高成長市場への参入と現地生産体制の構築を目指すこの事例は、日本の製造業における「グローバル競争のための業界再編」の象徴的な一例となりました。
業界のニュース
地政学リスクの高まり
特定国に製造拠点を置く自動車向け半導体・電子部品メーカーが、国際的な地政学リスクの高まり(主に米中対立の影響や特定国による輸出規制の強化)の影響で、操業の一時停止や一部の国への出荷停止を余儀なくされる事態が発生しました。
この影響は、特定の部品が調達できなくなるなど、日本の大手自動車メーカーや電機メーカーの生産ラインに波及し、各社は国内外の工場で一時的な減産や生産計画の見直しを迫られました。日本政府においても、半導体、蓄電池、重要鉱物、工作機械など特定国の依存度が高く、国民生活や経済活動に不可欠な物資を「特定重要物資」に指定し、補助金や低利融資などの財政支援を講じています(経済安全保障推進法)。偏に、調達ルートや特定の生産拠点への依存が、企業全体の操業リスクに直結することを改めて示したものであり、製造拠点の地理的分散、新しい部品調達ルートの開拓など「地政学リスクへの耐性」のため経営資源を確保することの重要性を示唆する出来事となりました。
一方で、地政学リスクを乗り越えるための製造拠点拡大をするにあたり、ゼロから工場を建てる建設費用や採用コスト、調達ルートの開拓、製品やサービスを市場に投入するまでの期間、等を踏まえると、自社でゼロから立ち上げるよりもM&Aで国内外の企業との協業を選ぶ方が、時間的・資金的なメリットがあるのではないでしょうか。今後は、地政学リスクを回避するため、M&Aを活用する事例も今後増えるものと思います。
まとめ
地政学リスクによる部品供給の混乱に伴い、製造業の企業は、生産基盤の強化や製造拠点の地理的分散に迫られています。日精樹脂工業は、中国や東南アジアなど複数の拠点を持ちながら、高成長市場であるインドという特定の地域に対し、M&Aを通じて技術と生産能力を集中させるという「戦略的な集中」を選択しました。生産基盤の拡大、新規市場への参入、リスク耐性の強化を目的としたM&Aは今後さらに増加するものと思います。ぜひ今年1年のM&Aを振り返りながら、来年もよりよいM&A戦略を描ける1年にして頂ければと思います。
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青森県南部町出身。早稲田大学文化構想学部を卒業後、新卒で日本M&Aセンターに入社。譲渡企業、譲受企業、提携機関への出向など幅広くM&A仲介業務に従事。2025年にスピカコンサルティングに参画。