2025年5月の製造業M&Aまとめ
5月の公表M&A代表事例
公表日 | 譲渡企業(売り手企業) | 譲受企業(買い手企業) | 形式 |
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2025年5月14日 | 京セラ株式会社(パワーデバイス事業) | 新電元工業株式会社 | 会社分割による新設会社の株式譲渡 |
2025年5月15日 | 株式会社タマダイ | 株式会社イクヨ | 株式譲渡 |
2025年5月20日 | CADENAS Technologies AG(ドイツ) | 株式会社キーエンス | 株式譲渡 |
2025年5月28日 | 川上商事株式会社 | 株式会社アムロン | 株式譲渡 |
【Pick Up M&A】キーエンスによるCADENAS社の買収
キーエンスは、2025年5月20日にドイツのソフトウェア企業であるCADENAS Technologies AG(以下、CADENAS社[キャデナス])の買収を発表しました。CADENAS社は、3D CADデータの提供プラットフォーム「PARTcommunity」を運営しており、世界中のエンジニア約1,000万人と数多くのパーツサプライヤーをつなぐ存在です。製造業における設計・調達プロセスのデジタル化に大きく貢献してきた企業として知られています。
今回の買収は、これまでのキーエンスの事業スタイルと比較すると、戦略的に大きな転換点となる出来事です。本稿では、同社のM&A戦略のこれまでの歩みを振り返りながら、この買収の意義と今後の展望についてご紹介します。
1. ハードウェア事業からソフトウェア事業への進出―デジタル化時代へのシフト
キーエンスは、これまでセンサーや画像処理装置、測定機器などを通じて、製造現場の「リアル」な課題に対するソリューションを提供してきました。その技術力と営業力は業界内でも高く評価されており、安定した高収益体質を築いてきました。
しかし、近年ではクラウドやソフトウェアなどの“デジタル”分野への投資を加速させています。今回のCADENAS社の買収は、そうした動きの一環として位置付けられます。
CADENAS社の提供する3D CADプラットフォームは、製造業における設計、選定、シミュレーションといった上流工程のデジタル化を支える技術基盤です。キーエンスのFA機器やセンサーといった製品群と組み合わせることで、機器の選定から配置、運用に至るまでのプロセスをオンライン上で完結できるようになります。
この統合により、工場のレイアウト検討や機器導入のシミュレーションがスピーディかつ正確に行えるようになり、製造業の生産性向上に大きく寄与することが期待されます。
2. 選択と集中の先にあるもの
キーエンスは、これまで非常に慎重なM&A戦略を採ってきた企業です。過去の買収事例も、その多くは周辺技術の補完を目的としたものでした。
この背景には、キーエンス独自の「自社開発重視」と「高付加価値追求」の姿勢があります。同社はこれまで、自社で技術を磨き上げ、それを営業力で市場に浸透させるというスタイルで成功してきました。M&Aはあくまで必要最小限の手段として位置づけられていたのです。
しかし今回のCADENAS社の買収は、その戦略を一歩進めたものと言えます。単なる技術の補完にとどまらず、新たな事業ドメインへの本格的な参入を意味しています。
今後のM&Aにおいては、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支えるソフトウェア企業や、SaaS型ビジネスを展開する企業、さらにはAIやIoT領域に強みを持つ企業への関心が高まる可能性があります。キーエンスは、製品提供企業から製造業の基盤インフラ企業へと進化する方向に舵を切ろうとしているのかもしれません。
3. 「設計×調達×現場」の統合で、グローバル製造業のインフラへ
CADENAS社との統合により、キーエンスは「設計」「調達」「現場」という製造業の中核プロセスを、より一体的に支援できる体制を築くことが可能になります。
キーエンスは、製品単体の提供から、製造業そのもののプロセスを最適化する「プラットフォーム的存在」へと成長していくのかもしれません。今回の買収は、その構想を具現化する第一歩と位置づけられます。
業界のニュース
2025年版ものづくり白書:激変する製造業の潮流を読み解く
2025年5月30日、経済産業省・厚生労働省・文部科学省が連名で「2025年版ものづくり白書」(令和6年度ものづくり基盤技術の振興施策)を発表しました。今回の白書では、「産業競争力の強化」「グリーントランスフォーメーション(GX)」「経済安全保障」が重要なテーマとして掲げられています。日本の製造業は依然としてGDPの約2割、輸出の8割超を担い、経済の中核を成しています。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の導入は進んでいるものの、設計や品質管理といった上流工程では遅れが見られます。特に中小企業では、人材やノウハウ不足が導入の障壁となっています。一方、大企業ではDXを活用した付加価値創出の動きが進んでいます。
人材面では、就業者数が減少し若年層の入職が伸び悩む中で、技能継承や教育体制の再構築が求められています。また、設備投資は回復傾向にあり、供給網の再構築や省人化投資が活発化しています。政策面では、デジタル化やGX推進、人材育成に対する支援策が紹介されており、地域企業やスタートアップの成長を後押しする取り組みも示されています。製造業各社にとっては、自社の取り組みを見直すうえで有用な内容となっています。
まとめ
2025年5月は、業界の変革や今後の先行きに注目すべき案件が多い月であり、特にキーエンスは同年5月、3D CADプラットフォーム「PARTcommunity」を展開するドイツのCADENAS社を買収しました。設計から調達、現場運用までの一体化を目指し、ソフトウェア領域への本格参入となります。背景には、同年5月に発表された「2025年版ものづくり白書」にも示された、製造業のデジタル化・生産性向上の潮流があります。今後は製造業の基盤インフラとしての進化が期待されます。
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アメリカ生まれ、福岡県育ち。関西学院大学理工学部卒業後、2020年に新卒で株式会社キーエンスに入社。製造業向けに技術営業として、中小企業の業務改善支援に従事。2024年スピカコンサルティングに参画。