製造業の2025年3月〜5月の主なM&A
2025年3月~5月に公表された製造業の主なM&Aは以下の通りです。この期間の特徴として、「事業の選択と集中を通じた企業価値向上」を目的とした戦略的M&A案件が多くを占めている点が挙げられます。
2025年3~5月の主なM&A
公表日 | 譲渡企業 | 譲受企業 | 形式 |
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2025年3月18日 | 山陽特殊製鋼株式会社 | 日本製鉄株式会社 | TOB |
2025年3月19日 | 株式会社産業革新投資機構 | 新光電気工業株式会社 | TOB |
2025年4月2日 | ツカサ工業株式会社 | 株式会社栗本鐵工所 | 株式譲渡 |
2025年4月10日 | 株式会社芝浦電子 | ミネベアミツミ株式会社 | TOB |
2025年4月17日 | ビアメカニクス株式会社 | 株式会社アマダ | 株式譲渡 |
2025年4月25日 | 株式会社サンテック産業 | 株式会社技術承継機構 | 株式譲渡 |
2025年5月14日 | 京セラ株式会社(パワーデバイス事業) | 新電元工業株式会社 | 会社分割による |
新設会社の株式譲渡 | |||
2025年5月20日 | CADENAS Technologies AG(ドイツ) | 株式会社キーエンス | 株式譲渡 |
近年の製造業M&Aは、従来の後継者不在を解消するための「事業承継型M&A」から、経営戦略に基づく「再編・強化」を目的とした案件へと質的変化を遂げています。これまで以上に、自らの成長戦略の一環としてM&Aを積極的に活用するケースが増えてきました。
この背景には、企業価値の最大化を求める市場の声が大きく関係しています。近年、年金基金や投資信託などの機関投資家が、投資先企業に対してより積極的なガバナンス要求を行うようになりました。投資家は企業が保有する非効率な事業や資産の処分を通じた資本効率の向上を期待しており、特にROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)といった資本効率指標の改善を強く求める傾向にあります。そして、M&Aはこれらの有効な改善手段として位置づけられているのです。
サプライチェーンが多様化し、技術革新のスピードが加速する中で、大手企業は従来の「自前主義」から脱却し、M&Aを通じた戦略的な事業再編に注力しています。これは単なる一過性のトレンドではなく、製造業全体の構造変化を反映した必然的な動きと言えます。
京セラのパワーデバイス事業の新電元工業への譲渡は、この潮流を象徴する代表的な事例でした。京セラは半導体分野における競争力強化のため、パワーデバイス事業を専門性の高い新電元工業に移管することで、双方の企業価値向上を実現しようとしています。単なる事業売却ではなく、業界全体の最適化を図る戦略的判断と言えます。
京セラにとってパワーデバイス事業は成長性はあるものの、自社のコア事業であるセラミック技術や電子部品事業との相乗効果が限定的でした。一方、新電元工業はパワー半導体を主力事業とする専門企業であり、京セラの事業を統合することで技術力向上と市場シェア拡大を同時に実現できる立場にありました。
この「適材適所」の考え方は、現代の戦略的M&Aの核心を表しています。電子部品業界では5G・IoT技術への対応力強化を目的とした統合が進み、自動車部品業界ではCASE技術の獲得を狙った買収が活性化しています。これまでの製造業が強みとしていた「総合力」を重視した経営から、「専門性」による価値創造へとパラダイムシフトが起きています。
こうした動きの根底にあるのは、市場環境の急速な変化です。技術革新のスピードが加速し、製品ライフサイクルが短縮化される中で、すべての事業領域で競争優位性を維持することは現実的ではありません。企業価値を高めるために、自社の中核技術や市場ポジションを活かせる事業領域に資源を集中し、そうでない事業は戦略的に切り出すことで新陳代謝を図ろうとしています。一方で、切り出された事業も、より適切な経営環境や専門性を持つ企業のもとで、新たな成長機会を獲得できる可能性が高まります。これは「Win-Win」の関係を構築できることから、業界全体の効率性向上にも寄与しています。
製造業M&Aの新潮流:2025年のTOB急増が示す構造変化
先の表のように、製造業を中心としたTOB(株式公開買付)案件が急速に増加しています。2024年に行われた公開買付は100件に達し、過去最高を記録しました。今年はそれを上回る驚異的なペースで推移しています。
今年の製造業における代表的なTOB案件を見ると、その戦略的重要性が浮き彫りになります。ニデックが牧野フライス製作所に対し1株1万1000円で実施したTOB、ミネベアミツミと台湾ヤゲオによる芝浦電子へのTOBなどは業界内外で大きな注目を集めていますが、これらの案件は単なる規模拡大を超えた、技術統合や競争力強化を狙ったものになります。
製造業のTOB急増にはグローバル競争の激化が要因として挙げられます。自動車部品、半導体、精密機械など日本の製造業が得意とする分野において、中国企業をはじめとする海外勢の台頭は著しい状況です。この競争環境下で生き残るためには、技術力の統合と経営資源の集約が不可欠になりました。他方、ニデック・牧野フライス製作所案件が示したように、敵対的TOBには企業文化の対立、従業員の士気低下、顧客離れなどのリスクも伴います。また、独占禁止法の観点からの規制や、株主利益の最大化といった課題も残されています。
直近では、トヨタ自動車による豊田自動織機へのTOBの報道がされるなど業界再編の機運はさらに高まってきました。2025年後半以降もこの流れは継続すると考えられ、日本の産業地図が大きく塗り替わる可能性があります。そのため、どの企業も以下の3点を検討すべきです。
- 自社のコア技術の明確化
競争優位性を持つ事業領域の明確化と資源配分の最適化
- 株主価値最大化に向けた最適な資本構成の検討
資本効率を考慮した企業価値向上策の立案
- 戦略的パートナーとの連携可能性の検討
技術補完や市場拡大を実現できる提携先の模索
これは上場企業に限らず、中堅・中小企業においても同様です。今後もM&Aは経営資源の再配置とイノベーション創出に資する動きとして増加するでしょう。変化の潮流の中で、今後は買手・売手という上下の関係ではなく、双方がより戦略的で長期的な企業価値向上を実現するため、公正で透明性の高いM&Aが求められます。より適切な経営環境や専門性を持つ企業グループで新たな成長機会を獲得し、「Win-Win」の関係を構築する現代的M&Aが増加し、業界全体の生産性が向上していけばと考えています。
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大阪府出身。大阪府立大学大学院工学研究科修了後、2010年に新卒でキーエンスに入社。中小企業から上場企業まで工場の生産性向上やIoTシステム導入支援などに貢献。その後、日本M&Aセンターへ入社し、業界再編部において製造業専門チームを立ち上げ。2023年スピカコンサルティングに参画。