2025年7月の調剤薬局業界M&Aまとめ
7月の主な公表M&A一覧
2025年7月に公表された調剤薬局のM&Aは以下の通り(表1)です。2025年6月においても、公表されたM&Aは1件でした。調剤薬局の中小企業M&Aにおいては公表されない事例が多いため、水面下での経営主体の変更は他にも多数実行されています。
公表日 | 譲渡企業(売り手企業) | 譲受企業(買い手企業) | 形式 |
---|---|---|---|
2025年7月31日 | 日本調剤株式会社(3341・東京) | アドバンテッジパートナーズ | 株式譲渡(TOB) |
<表1 2025年7月の薬局業界 公表M&A>
日本調剤は、「創業家の引退」という事業承継に伴うM&Aを選択
2025年の7月は、日本調剤のM&A(TOB)発表が大きな話題となった月でした。以前から噂はされていましたが、7月31日にアドバンテッジパートナーズというPEファンドが、正式に日本調剤への公開買い付けの開始を発表しました。
近年、調剤薬局業界においては、ファンドの関与が顕著になってきております。具体的には、以下表2のような事例が挙げられます。
総合メディカルグループ | 従来の株主であったポラリス(みずほ銀行系ファンド)から、欧州系のCVCというファンドへ総合メディカルグループの株式を譲渡することによるM&Aが成立 |
クラフトグループ | NSSK(日本産業推進機構グループ/ファンド)による関与を経て、最終的にはアイングループへクラフトグループの株式を譲渡することによるM&Aが成立 |
アイングループ | アイングループの株式の約15%を、香港を拠点とするファンドであるオアシスが取得 |
<表2 近年の調剤薬局M&Aにおけるファンドの関与について>
このように、近年の主要企業の資本政策の動きにおいては、必ずといって良いほどファンドの関与が見られます。
※PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)とは、一定期間にわたり投資先企業の経営改善に取り組み、その企業価値を高めた段階で、他のファンドや事業会社への売却、あるいは上場を行うことを目的としています。具体的には、投資家から集めた資金をもとに事業会社を買収し、経営効率の向上や価値創造を図り、最終的に株式の売却や上場による売却益を追求します。
総合メディカルグループの事例を前述しましたが、実際の金額を例に挙げると、2020年にみずほ銀行系のファンドであるポラリスキャピタルが総合メディカルグループの株式を約700億円で取得し、その後2023年に欧州系のファンドであるCVCへ総合メディカルグループの株式を約1700億円で売却したケースがあります(金額は推定値です)。
アドバンテッジパートナーズはこれまでに調剤薬局業界への投資実績はありませんが、どのような会社なのでしょうか。以下に同ファンドの概要と具体的な投資活動について簡潔に述べさせていただきます。
アドバンテッジパートナーズの概要と投資活動
アドバンテッジパートナーズは、日本における初のPEファンドとされており、1992年に設立されました。当時、日本では「ファンドは海外のものであり、怖いもの」というイメージが根強かった中、同社はこの分野を切り拓き、約30年間にわたり日本のPEファンドのトップランナーとして活動を続けています。
主な投資実績としては、以下が挙げられます。
- ダイエーの再生支援
- ウィルコム(携帯通信事業)の再生支援
- メガネスーパー
- キューサイ(青汁メーカー)
PEファンドの基本的な目的は、買収後の経営改善を通じて企業価値を向上させ、適切なタイミングで売却や上場を行い、投資家に利益を還元することにあります。今回の日本調剤のM&Aにおいても、明確な出口戦略を持っている可能性が高いと考えられます。
アドバンテッジパートナーズの出口戦略
今回のアドバンテッジパートナーズの投資額は約1000億円超といわれており、最終的な出口戦略としては1500億円~2000億円ほどの金額での株式売却を目指していくものと予想されます。
非上場化することにより経営の自由度を上げ、アドバンテッジパートナーズの持つ豊富な資金力とネットワークを最大限駆使し、積極的なM&Aで日本調剤としての企業価値を高めていくことになるでしょう。
数年後には、アドバンテッジパートナーズが日本調剤の株式を「住友商事」「ウエルシア」「イオン」「アイングループ」のような豊富な資金力を持つ同業他社へ売却するニュースがまた話題になっているかもしれません。
日本調剤のM&A(TOB)の公表と同日に発表された決算状況
日本調剤のM&A(TOB)が公表された7月31日、日本調剤は2026年3月期第一四半期の決算発表も行っています。業績はどうだったのでしょうか。
簡単に要約すると以下表3のような業績でした。
業績概況 | 調剤薬局事業における処方箋単価が上昇したことに加え、販売管理費の抑制が進んだ影響により増収増益 |
調剤薬局事業 | 前期出店効果等により処方箋枚数が増加したことに加え、処方箋単価が大幅に上昇したこと、また販売管理費の抑制が進んだ影響により増収増益 |
医薬品製造業 | 長生堂製薬川内工場の回復の遅れによる影響が残る一方で、2025年4月の薬価改定に伴い最低薬価品目の薬価が引き上げられた影響および2024年12月新規薬価収載品が寄与したことにより増収増益 |
医療従事者派遣/人材紹介 | 薬剤師派遣事業が中小調剤薬局を中心に前年並みの稼働者数を確保できた一方、薬剤師紹介事業および医師紹介事業が前年同期を下回り減収減益 |
<表3 日本調剤の2026年3月期第一四半期の業績について>
日本調剤は上記の通り大きく分けて調剤薬局事業・医薬品製造事業・派遣/人材紹介業の3つの事業を行っており、うち2つの事業は増収増益という結果でした。その中でも日本調剤全体の売上の約9割を占める調剤薬局事業においては、前年同期比で売上9.6%増、営業利益は72.6%増という数字をたたき出し、絶好調といっても過言ではない業績だったように思います。
ファンドがけん引する業界の未来
1980年の創業以来、日本の医薬分業推進・調剤薬局業界の発展に貢献してきた日本調剤は、好業績の中でも、創業家の引退を機に、M&Aを活用したファンドとの連携という道を選びました。
複数のファンドが市場をけん引する調剤薬局業界は、今後どのような未来を切り拓いていくのでしょうか。
今後も年に数回、驚きのニュースが紙面を騒がせることが予想されます。
ファンドが目指す未来、大手調剤薬局グループが目指す未来、ドラッグストアが目指す未来、中小の調剤薬局が目指す未来。
様々な思惑が交錯するこの業界はまだまだ注目を集めることになりそうです。
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東京都出身。東京理科大学卒業後、日系コンサルティング会社にて大手企業やPEファンドの投資先などの収益改善に貢献。2017年日本M&Aセンターに入社。調剤薬局業界の西日本エリアの責任者として、拠点立ち上げを行う。2023年スピカコンサルティングに参画。