2026年7月の製造業M&Aまとめ
2026年7月の製造業では、月間30件 を超えるM&Aが公表され、資本効率の向上に向けた事業ポートフォリオの再編が一段と加速しました。
今月の注目の動きは、栗本鐵工所によるIHIプラントからの粉砕・焼成設備事業の譲受です。親会社であるIHIが一貫して進めてきた「非中核事業の売却と成長領域への集中」は、東証が求める資本効率経営の好例と言えます。また、米中対立や重要鉱物の調達難といった地政学リスクが長期化する中、従来の「QCD(品質・コスト・納期)」優先のサプライチェーンから「自社グループで供給網や国内技術を防衛するM&A」へと、買い手側の戦略的視点が大きく変化しています。
本記事では、7月の主要事例を振り返りながら、事業再編を真の企業価値向上へ繋げるためのポイントと、激変する国際情勢に対応する製造業の生存戦略について解説します。
この記事を見るとわかること
- 2026年7月の代表的な公表M&A一覧
- Pick Up M&A:栗本鐵工所<5602>、IHI<7013>子会社のIHIプラントから粉砕機設備・焼成設備関連事業を譲受
- 選択と集中」が企業価値向上につながる条件
- 業界のニュース
- 地政学リスクから考える製造業M&A
7月の代表的な公表M&A一覧
2026年7月は30件を超えるM&Aが公表され、大型TOBによる事業再編・非公開化、さらには資本効率向上に向けた「選択と集中」が一段と加速しています。また、既存事業の強みを活かしながら高成長領域(半導体分野やAI・DX、フードテック等)へと進出する「事業領域拡張型」のM&Aも目立ち、M&Aという手段が単なる「規模拡大」にとどまらず、企業価値の再定義と「ポートフォリオ変革」の主軸となっていることがうかがえます。
公表年月日 | 譲渡企業(売り手企業) | 譲受企業(買い手企業) | 形式 | 目的 |
|---|---|---|---|---|
2026年7月3日 | (株)シテイー・ロード[東京都] | (株)日本創発グループ[7814・東京都] | 株式譲渡(25%取得)・株式交換による完全子会社化 | シテイー・ロードの持つセールスプロモーションにおける企画・制作ノウハウや顧客基盤を取り込むことで、グループ全体のSP領域における提案力および生産体制を補強し、顧客価値の最大化を図る。 |
2026年7月7日 | 三菱電機FA産業機器(株)[福岡県] | Konecranes[フィンランド] | 株式譲渡(株式70%、三菱電機は30%を継続保有) | ホイスト・クレーン世界大手とのグローバルアライアンスを通じて事業ポートフォリオの最適化を進めるとともに、海外市場における販売基盤の活用と補完的な製品展開により、FA産業機器事業の更なる成長と競争力強化を目指す。 |
2026年7月9日 | (株)両毛システムズ[9691・群馬県] | (株)ミツバ[7280・群馬県] / 中部電力(株)[9502・愛知県] | TOB(株式公開買付) | 経営資源の集中と迅速な意思決定体制を構築し、自動車・エネルギー・公共などの各分野におけるDX需要に対応した技術開発の加速と、親会社・主要株主とのシナジー創出によるグループ企業価値の向上を図る。 |
2026年7月23日 | (株)IHIプラント[東京都] | (株)栗本鐵工所[5602・大阪府] | 事業譲渡 | IHIプラントの粉砕機・焼成設備に関する設計・製造技術およびメンテナンスノウハウを継承することで、自社の産業機械事業における製品ラインナップの拡充とサービス提供体制の強化を図る。 |
2026年7月24日 | AGCポリマー建材(株)[東京都] | サンゴバン(株)[東京都] | 株式譲渡 | 経営資源を成長分野およびコア事業へ集中的に投下する事業ポートフォリオ再編の一環。建材・高機能素材のグローバル大手であるサンゴバングループのもとで、ポリマー建材事業の持続的な成長と事業展開を加速させる。 |
<2026年7月の製造業 代表的な公表M&A>
【Pick Up M&A】栗本鐵工所<5602>、IHI<7013>子会社から粉砕機設備・焼成設備関連事業を譲受
2026年7月23日、栗本鐵工所は、IHIグループのIHIプラントより、粉砕機設備事業(石炭関連設備を除く)ならびに焼成設備事業を譲受することを公表しました。
栗本鐵工所は、粉砕・焼成・破砕機器などの分野で製品・設備を展開しています。今回の事業譲受により、IHIプラントがこれまで積み重ねてきた技術や顧客基盤を承継し、これを自社が培ってきた技術・ノウハウと掛け合わせることで、さらなる事業拡大を目指します。一方、IHIにとって今回の譲渡は、ここ数年進めてきた事業ポートフォリオ改革の延長線上に位置付けられます。そこで今回は、IHIの一連の事業再編を題材として、企業価値を高める『選択と集中』とは何かを考えてみます。
「選択と集中」の成否を分けるもの
上場企業において、かつて主流だった「多角化経営」から事業ポートフォリオを見直す動きが広がっています。東京証券取引所による資本コストや株価を意識した経営の要請も背景となり、収益性や資本効率、自社との事業シナジーなどを踏まえて保有事業を見直す一方、成長性や収益性の高い領域へ経営資源を振り向けることが、重要な経営テーマとなっています。しかし、「事業を売却すれば企業価値が上がる」というほど単純ではありません。重要なのは、何を売るのか以上に、事業ポートフォリオの見直しによって生み出した資本や人材などの経営資源を「どこへ振り向けるのか」です。
この点で参考になるのがIHIです。
IHIは2023年度から2025年度までの「グループ経営方針2023」のもと、事業を「成長事業」「育成事業」「中核事業」に分類し、中核事業の事業ポートフォリオを最適化することで生み出したキャッシュや人材を、成長事業・育成事業へシフトする方針を進めてきました。その一環として、近年は外部資本の導入や事業売却などを相次いで実行しています。
主な案件だけでも、
- IHI汎用ボイラ → タクマ
- IHI運搬機械の運搬システム事業 → タダノ
- IHI建材工業 → ベルテクスコーポレーション
- 新潟トランシス → ジェイ・ウィル・パートナーズグループ
- 明星電気 → 能美防災
- 寿鉄工 → 常石鉄工
- IHI Power Services → 九州電力グループ
など、事業ポートフォリオの入れ替えを継続的に進めています。
今回のIHIプラントの粉体関連事業の栗本鐵工所への譲渡も、その流れの一つと見ることができます。IHIの特徴は、単に非中核事業を整理しているだけではありません。事業ポートフォリオの見直しによって生み出した経営資源を、民間航空機エンジン、防衛・宇宙など、収益性や成長性が期待される領域へ振り向け、「どの領域で成長する会社なのか」を明確にしてきました。
近年は、航空旅客需要の回復による民間航空機エンジン事業の拡大に加え、防衛予算の増加を背景とした防衛事業の成長も追い風となっています。さらに航空機エンジン事業では、製品を納入して終わりではなく、交換部品の供給や整備・修理など、製品のライフサイクルを通じて継続的に収益を生み出すことができます。
事業ポートフォリオ改革によって経営資源を成長領域へ移し、その領域自体の市場成長と、継続的に収益を生み出す事業モデルを組み合わせる。こうした一連の動きが、中長期的な企業価値への期待につながっていると考えられます。「事業を売ったから評価された」のではなく、事業売却を通じて「今後どの領域で成長していく会社なのか」が以前より明確になったことが、企業価値への評価につながっているのではないでしょうか。
事業の「選択と集中」を企業価値向上につなげるためのポイントを整理してみます。
① 売却した経営資源を「どの市場」に再配分するか
重要なのは、事業売却によって得た資金そのものではなく、その資金や人材をどこへ再投資するかです。市場そのものが成長しており、なおかつ自社が競争優位性を発揮できる領域へ経営資源を振り向けられるかが、その後の成長を左右します。
② 「集中」した事業で競争優位性を維持できるか
事業を絞り込むことで、資本や人材を重点的に投入しやすくなります。一方で、特定事業への依存度が高まるという側面もあります。集中した領域で技術力、品質、顧客基盤、ガバナンスなどの競争力を維持・向上できなければ、ポートフォリオ改革の効果は十分に発揮されません。
③ 継続的に利益を生み出す仕組みを構築できるか
製造業では、「モノを販売して終わり」というビジネスモデルから、保守・メンテナンス、ソフトウェア、データ活用などを組み合わせ、製品のライフサイクル全体で継続的に収益を生み出すビジネスモデルへ転換できるかも重要です。事業を絞り込んだ後、その市場で継続的に利益を生み出す仕組みまで構築できるか。
ここまで実行して初めて、「選択と集中」が企業価値向上につながるのではないでしょうか。
業界のニュース
地政学リスクから考える製造業M&A
近年、製造業を取り巻く地政学リスクは一段と複雑化しています。米中対立の長期化、各国による輸出規制や関税政策、ロシア・ウクライナ情勢、中東情勢、台湾海峡を巡る緊張など、企業だけではコントロールすることが難しい政治・外交上の問題が、原材料や部材の調達、生産活動に直接影響を与える時代となりました。
その象徴の一つが、レアアースをはじめとする重要鉱物です。レアアースをはじめとする重要鉱物は、EV用モーターだけでなく、産業用ロボット、電子部品、半導体関連、防衛・航空機器など、幅広い製造業のサプライチェーンを支えています。
特定の国や地域への依存度が高い場合、輸出規制や外交関係の変化によって原材料価格が上昇するだけでなく、最悪の場合には必要な部材を確保できず、「モノを作れない」という事態にもつながります。これまで製造業では、品質・コスト・納期、いわゆる「QCD」を重視しながら、効率的なサプライチェーンを構築してきました。しかし、今後はそこに「地政学リスクへの耐性」という新たな判断軸を加える必要があります。調達先を複数の国・地域へ分散する。重要部材について国内調達や国内生産を検討する。代替素材や代替技術を開発する。「最も効率的なサプライチェーン」だけを追求するのではなく、「多少コストが上がっても止まらないサプライチェーン」を構築するという考え方が、これまで以上に重要になるでしょう。
そして、この流れは今後の製造業M&Aにも大きな影響を与えると考えられます。これまでのM&Aでは、売上規模の拡大、新規顧客の獲得、人材確保、技術取得といった目的が中心でした。今後はそこに、「サプライチェーンを守るためのM&A」という考え方がより重要になってくるのではないでしょうか。
日本の製造業には、優れた加工技術や特殊な製造ノウハウを持ちながら、後継者不在という課題を抱える中小企業が数多く存在します。大手・中堅企業がこうした企業をM&Aによってグループ化することは、自社のサプライチェーンを強靱化するだけではありません。日本国内に重要な技術や生産能力を残し、サプライチェーン全体の競争力を維持するという意味でも、大きな意義を持つと考えられます。実際にそのような目的のM&Aも増加傾向にあります。
地政学リスクが高まる時代において、「誰から最も安く買うか」だけを考える経営から、「どの技術・設備・生産能力・供給網を自社グループとして確保しておくべきか」を考える経営へ。製造業におけるM&Aの役割も、こうした環境変化とともに変わっていくのではないでしょうか。
まとめ
2026年7月の製造業M&Aを振り返ると、M&Aが単なる事業規模の拡大ではなく、「限られた経営資源をどこに配分するのか」という経営戦略そのものになっていることが分かります。事業の「選択と集中」で重要なのは、事業を売却すること自体ではありません。自社が競争優位性を持ち、将来的な成長が期待できる領域を見極め、そこへ資本や人材を再配分できるかが企業価値を左右します。
同時に、地政学リスクが高まる現在では、「何を手放すか」だけでなく、「何を自社グループとして持つべきか」という視点も重要になっています。重要部材の安定調達、国内生産能力の確保、代替技術の獲得などを目的として、サプライチェーンそのものをM&Aによって強化するという発想は、今後さらに重要性を増していくでしょう。
高度な加工技術や特殊な製造ノウハウを持つ後継者不在の中小製造業をM&Aによって次世代へ引き継ぐことは、買い手企業の競争力向上だけでなく、日本の製造業全体のサプライチェーンを守ることにもつながります。技術と供給網を次世代へつなぐ手段として、製造業のM&Aが担う役割は、今後さらに大きくなっていきます。
大阪府出身。大阪府立大学大学院工学研究科修了後、2010年に新卒でキーエンスに入社。中小企業から上場企業まで工場の生産性向上やIoTシステム導入支援などに貢献。その後、日本M&Aセンターへ入社し、業界再編部において製造業専門チームを立ち上げ。2023年スピカコンサルティングに参画。